ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第19章 段落220 [2021-03-09]


220 "When the fruit is fully mature it is either picked from the tree, or it drops to the ground - thus it is separated from the parent. If the apple were like man it would exult in its own beauty and free-will, developing the self ego in the world of effects only, forgetful of the Cause parent.
220 「その果実が完全に成熟する時、それは木からもぎ取られるか、地面に落ちることになります。そのように両親から離されます。もしリンゴを人間とするとしたら、それは自らの美しさに有頂天になり、自由意志は自己のエゴを結果の世界のみに発達させて宇宙的な両親を忘れさせることでしょう。」




【解説】
実は私達人間も母体から生まれ出る際には、このリンゴの実が成熟を遂げ、親の木から離れる時と同様ではないでしょうか。生まれて母体とは別に人格が与えられる際、赤子はその喜びに浸る一方で、次第に自分を体内で育てた母親を忘れ、外界の結果の世界に迷い出てしまうと、本項で他惑星の長老がその本質的見方を私達に提起しています。
もちろん、生まれ出た私達には、次々と問題が押し寄せ、判断を仰いで来ます。一つ一つを自らの責任で決定し、行動しなければなりません。こうした中、私達は本来、私達が一つの小さな細胞から生まれ来った創造の過程、自らの体験を何一つ忘れて、外界の世界のみに気を取られてしまった訳です。
私達がそもそも何の目的でこの世に有るのか等、各自の生まれ来た意義について、再度考える必要があるのです。



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