ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章 段落130 [2020-10-19]


130 Neither heaven, the place of cause, nor earth, the place of effects, nor Jerusalem; symbolically used to represent the earth's inhabitants, can be called one greater than the other. These instructions were given against discriminating or calling one part better than the whole, Heaven and earth are not two but one, each expressing the other; man is no lesser for he is both, an integral part of the Whole. Divisions exist only in man's opinions when he calls one greater than the other, for in so doing he is judging and setting himself above the Creator.
130 因の場所である天も、結果の場所である地も、地球の住人達を代表させるべく象徴的に表現されたエルサレムもどれ一つ他のものより偉大だと見なすべきではありません。これらの訓戒は差別したり一部分が全体より優れていると見なすことに対して授けられ、天と地は二つの存在でなく一つであり、互いに他を表現しているのです。人は劣るものでなく、両方の存在、全体の統合された部分であるからです。区別は人が一方のものを他より、より優れたものとして見なす時の人の意見の中にのみ存在します。何故なら、そうすることによって人は裁きを行い、創造主より上位に自分を置いているからです。



【解説】
本文の元となったイエスの言葉は、聖書の解釈(http://thomasluke.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-8cee.html)によれば、当時の律法学者は誓いに関する逃げ道として「神」の名によるもの以外はその限りでないと言い訳していたとされています。つまりは誓いの対象として上下の関係を設けていたことに対して、イエスは諭していたという訳です。
実は同様なことは私達にも当てはまります。即ち、宇宙の因こそが重要であり、現世は重要ではないとすることです。よく引き合いに出されるのはインドに多く居るとされる修行者で、汚れた衣服を着て現世のことには一切関心なく、隠遁生活を送る人に対して、人々を導く為には、逆の意味で現世にも関心を持ち、身繕いを勧めたいところです。これらの状況は遠く仏陀の時代からあった訳で、苦行では真の悟りを得られないことは苦行から離れ村の少女から乳粥を寄進された仏陀がその後悟りを啓いた故事からも明らかです。


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