ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部 4章 段落371 [2020-03-18]

371 The rose had nothing to do with the creation of the lily, or vice versa; so man cannot judge one by the other. They are two distinct phases of plant life; and as such, should be recognized equally for their individual character. Yet, by judging and condemning the ideas that are presented to us through our senses, we daily judge and condemn the Creator's manifestations.

371 バラはユリの創造には何らの関係はありませんし、ユリも同様です。ですから、人間は他のものによって、そのものを裁くことは出来ません。それらは植物の生命の中の二つの別個の側面であり、このようにそれら個々の性質として等しく認識されるべきです。しかし、それでも私達の諸感覚を通して私達にもたらされる諸々のアイデアを裁き、非難することで、私達は創造主の創造物を毎日のように裁き、非難しているのです。

【解説】 私達は自分の身の回りにある創造物を一つ一つ自分の好みの尺度で推し量り、優劣をつけています。これら全ては見掛けの姿、外見による判断で、実に差別的です。その結果、私達はこれまで人種差別はもとより、様々なものを区分けし、自分より優れたものとする対象に対しては崇拝し、そうでない醜いとする者に対しては卑下する態度で接して来たのです。 しかし、その結果はどうでしょう。自分自身が年老いて行く中で、今度は自分自身が劣った者として卑下することになるのです。まさに自分の物差しで自らが量られることになるのです。 このような輪廻を繰り返しては進化はなく、私達は自分の回りの創造物をもっと深く洞察し、その中に息づく自分と同じ生命の息吹を見出さねばなりません。こうする中で、印象波を感受する際の正しいreasoning即ち関連性の理解が進むものと思われます。私達の周囲に私達を造った同じ創造主から造られていないものはない、皆同胞である認識が重要です。

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