ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部 1章 段落147 [2019-04-11]


147 Though the person is not aware of using telepathy in this instance, the inanimate manifestations of the plant world definitely respond to the love pouring out from the mind of the individual. This phase of telepathy is little understood and almost never used consciously by Earthlings, for its application calls for a thorough knowledge of man's unity with nature. It is just as easy to exchange mental impressions with plants, vegetables, trees, minerals, etc., as it is with another human being.
147 その人物はこの場合、テレパシーを用いていることに気付いていませんが、植物世界の無生物的造形物はその個人の心から注がれる愛情には断固として応えるのです。この側面のテレパシーは地球人にはほとんど理解されておらず、これまでもほとんど意識的には用いられて来ませんでした。何故なら、その応用には自然との人間の一体性についての完全なる知識が必要となるからです。植物や野菜、木々や鉱物と心の印象を交換することは、他の人間の場合と同様に簡単なことだからです。




【解説】
古来の人々は自然界の全てのものに自分と同等の人格を認め、親しんでいたように思います。米国のインディアン、豪州のアボリジニー、更には北海道のアイヌ等、数多くの民族がその伝統を伝えているところです。
"山川草木、皆神宿る"とするように、私達の祖先もまた、自然界に人格を見出し、敬っていたと言えるでしょう。
これらはいずれも、本項では原子・分子に遡る微小な存在が各々知性を持ち、意思を有すると教えています。私達の愛でる想念に対して植物達はそれに呼応し、ますまずその美しさを表現して呉れることになるという訳です。
各自の感じ取る想念と同期してその者を取り囲む環境が呼応した変化を遂げるということにもなります。従って自分が正しい本来の道を歩んでいるかどうかは、本人が一番良く分かることになります。精進が進むにつれて、良い環境が否応なしに出現することになるからです。


第2部 1章 段落146 [2019-04-10] <<  |  >> 第2部 1章 段落148 [2019-04-12]