ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章 段落151 [2011-07-29]

151 I believe that there is a misconception regarding relaxation. It is often thought of as a state of inertia, and people will be heard to remark, "Oh, I haven't time to relax; my work keeps me busy every minute." If relaxation were truly understood such ones would realize that there is ofttimes much greater relaxation in work than in so-called periods of rest. The law of nature demands purposeful action and if a person is intensely interested in his work he is making of himself an open channel for the free expression of energy which is always waiting to be used. In other words, a person who has lost himself in some particular piece of work forgets to set up the usual mortal resistance to free-flowing energy and so opens himself automatically to its benefits.

151 私はリラクセイションに関しては誤解があると思っています。しばしばリラクセイションは慣性状態のように考えられており、人々は「ああ、私にはリラックスする時間が無い。仕事が休む暇なく忙しくさせている」と言うのを聞くことがあるでしょう。もしリラクセイションが本当に理解されるなら、このような人はいわゆる休んでいる間よりは、しばしば働いている時の方がはるかにリラクセイションにあることに気付くでしょう。自然の法則は目的のある行動を要求しており、もし人が自分の仕事に対して情熱的な関心を抱く場合は、その者は常に使用されるのを待っているエネルギーの自由な表現の為の経路に自分自身を成しているのです。言い換えればある特定の仕事の断片の中に自分を没入させた人物は自由に流入するエネルギーに対する通常の死すべき抵抗を打ち立てることを忘れてしまい、自分自身を自動的にその恩恵に対し開くのです。





【解説】

「どうぞゆったり、リラックスして」と言われるように、雑事から離れ、静かな環境の下、のんびりひと時を過ごすというのが、これまでのリラックスでした。「何もしない」というのが、リラックスだとしていた訳です。これに対して、本項ではそれはリラックスではなく、「慣性(惰性)」の状態であり、真のリラックスではないとしています。

私達が日頃、何故疲れるのか、或いは何故ストレスが溜まるのかが問題な訳ですが、そのような疲労原因は私達自身による葛藤や恐れが本来の生命の流れを阻害し、抵抗を作り出していることにあると本項は示唆しています。

それに対して、そのような自我本来を無くす、即ち没入させて何かの行動に当っている時は、文字通り、疲れを知らず打ち込める状況になり、それらは本当のリラックスだとしています。

本項を注意深く読むと、夢中になって何かに打ち込むことの中では、潜んでいる宇宙エネルギーが次々に湧き起こり、その者の意図を助けることも読み取れます。ある程度は肉体をいといつつも、熱中する意欲が生命の流れを呼び込む心身のリラックスに繋がるということです。


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