ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第04章 段落053 [2011-03-03]

053 There are myriads of thoughts bombarding man's mind every second; some are personal, some are impersonal, many are beyond the conception of the average sense mind. It is true that each thought that enters man's being impresses itself upon the individual cells of his body but the mortal sense mind as a whole does not become aware of it. Conception while being of Cause does not raise man to the Cause state; it is perception which produces growth in the mortal man. In the average man the thoughts are passing at the approximate rate of 1100 per second. In a highly developed person the thoughts run about one-half million per second. The mortal grows through experience and only that which is perceived consciously can be termed as experience. Awareness is the key to wisdom and the only channel to human thought expansion. Awareness must be combined with action so that intelligence may be expressed. Cosmic Cause incarnates in matter whether the mortal mind of man is conscious of it or not, but through perception of that action the mortal expands in the field of growth. The mortal sense mind, having divided itself from the Whole, must evolve again into the Oneness by perceiving the Cause in effects. In the cosmos everything exists and we, being of the cosmos, have everything within us. If we perceive that which is within us we are able to bring it into manifestation. Through perception we actually "mother" or "father" a thing into growth. The whole science of life is based on these two - through conception and perception are all things brought into being in the world of effects. Conception is responsible for putting Cause into motion and bringing forth action. Conception may take place without any awareness on the part of the intellect but the action which takes place due to conception bring forth a quickening that produces what we know as sensation. Perception is the act of becoming aware of sensation and knowing its source.

053 毎秒、人間の心に衝突して来る何万もの想念があります。あるものは個人的なもの、またあるものは非個人的なものであり、多くは平均的な感覚心の感知を超えています。人間に入り込む各想念は、それ自身を人間の肉体の個々の細胞に印象を刻印することは真実ですが、死すべき感覚心は概して、それに気付くことはありません。因に属する感知は人を因の状態にまで押し上げることはしません。死すべき人間において成長をもたらすのは知覚なのです。平均的な人間では、想念はおよそ毎秒1100個が通過しています。高度に進化した人物においては想念は毎秒50万個も流れます。死すべき人間は体験を通じて成長するもので、意識的に知覚したもののみが体験と呼ぶことが出来るのです。気付きは人間における想念の拡大につながるカギであり、唯一の道です。また、気付きは知性が表現されるよう行動と結び付けられなければなりません。宇宙の因は死すべき人間の心が意識しているいないに係らず、物質に宿っていますが、その活動を知覚することによって死すべき人間は成長の分野で発展するのです。全体から自分自身を分離した死すべき感覚心は結果における因を知覚することによって、再び一体性の中に進化を遂げなければなりません。宇宙の中に全てが存在し、私達もその宇宙に属する以上、私達の中に全てを有しています。もし、私達が自分自身の中にあるものを知覚すれば、私達はそれを創造の現れとしてもたらすことが出来ます。知覚を通じて私達は実際には物事を成長させる「父母」の役割を果たすのです。生命の科学全体はこれらの二つ、感知と知覚に基礎を置いており、それらを通じて、全ての物事が結果の世界にもたらされるのです。感知は因を動かし、行動を推し進める役割を果たしています。感知は知性の側には何らの気付きもないまま生じるかも知れませんが、感知に起因する行動は私達が湧き起こる感情として知っている状態を作り出す衝動をもたらします。知覚はその感情に気付き、源泉を知る行為なのです。





【解説】

本項は通常、私達が「思いは実現する」と単純に考えていることの本質的な解説が為されています。

私達にやって来る宇宙を源泉とする想念が感知される、いわば第一段階の感知(Conception)があり、その感知機能が鋭敏になると、各細胞が感知した想念情報が具体的な感情衝動(Sensation)として発現し、それが感覚心に属する知覚機能に働きかけることによって私達がその想念情報に気付くという構図が解説されています。

また、重要なのは、私達が知覚する段階が、即、関連する物事を実現する機能を持っているとしていることです。言い換えれば、私達自身が物事の創造の仕組みの中の一つの機能を果たしていると言うことが出来る点です。私達が日常、どのようなことを思い、どのような想念を取り入れるかには十分な注意が必要です。日常、無視され本来の役割を果たすことなく、通り過ぎて行く膨大な数の宇宙の因からの無言のメッセージに気付こうとしないことは、本当にもったいないことです。






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