ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部 3章 段落319 [2010-08-19]

319 You may consider the illustration meaningless, because in the case of piercing space with the telescope to discern material objects we are looking upon something that has already happened, or upon manifestations that have already taken form. But how can we foresee that which has not yet taken place? It may even seem that we are in contradiction to the law of Cause and Effect; for we are seeing the effect before the cause has produced it. But is this true?

319 貴方はこの説明は意味をなさないとお考えになるかも知れません。何故なら、望遠鏡で物体を見つけようと宇宙を貫いて見ようとする場合、私達は既に起ったものや既に形を持った創造物について見ていることになるからです。しかし、未だ起っていないものをどのようにして予知出来るのでしょうか。それは私達が原因と結果の法則とは矛盾しているように見えるかも知れません。何故なら、私達は因が作り出す前にその結果を見ているからです。しかし、これは本当でしょうか?





【解説】

一方で私達は予知や遠隔透視について、何か特別なもの、特殊な能力としてはいけないと思っています。自然界に目をやると野生の生き物は皆、いずれもこれら超能力の達人であるように思うからです。レーダーも持たないのに、やがて来る嵐に備える海鳥達や、来るべき豪雪を予知して数カ月も前から卵を例年より高い木の枝に産みつけるカマキリ等、野生動物の予知能力については古くから伝えられている所です。

未来は現状の延長線上にあり、この社会を大きな船に例えれば、その進む方向は容易に変わることはありません。それ故、行く手に問題があったとしても船はこれまでの進路を急には変えられず、遂には衝突するようなものです。そういう意味では私達は大きな宇宙の法則の下に生きており、良い因を残せばやがて良い結果を、またその逆もまた同様な原因と結果の密接な法則の下にある訳です。

しかし、これら予知を得ようと努力するのも意味のない事です。もちろん、将来の状況をある程度知っておくのは有意義ですが、それよりも未来を変える因を創り出すことの方がはるかに大切な仕事です。


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