ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部 3章 段落080 [2009-08-05]

080 We will now reverse the procedure, and by remote control produce the sound of walking down the aisle. This time the eyes will accuse the ears of conjuring up an imaginary situation. Again, the argument will rage between the senses, each one sure it is right.

080 今度は手順を逆にして、遠隔制御を用いて通路を歩く際の音を出して見ましょう。今度は目が耳に対して魔法を使って想像上の状況を作り出したと非難することでしょう。再び感覚の間で各々自分が正しいと確信して議論が荒れ狂うのです。





【解説】

大事なことは私達各自が各々の感覚(器官)の主人(あるじ)にならなければならないということです。4つの感覚はそれぞれ有能ではありますが、それらに全てを委ねていては王国は立ち行きません。それらは各々の一面から見た意見を主張して来るだけであり、それら家臣の述べる意見に耳を傾けることは大事であるにせよ、最終判断は主人が行わなければなりません。

もちろん、これら4つの感覚の他に主人にはフィーリングという言わば情報機関からの支援があり、絶えず印象の形で居ながらにして必要な情報が寄せられています。

これら両面から得た知見から、適切な判断が出来る筈だと言えるでしょう。もちろん、家臣への日頃の薫陶も大事な主人の役目となっています。


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