ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第07課 段落269 [2008-04-24]

269 THE EYES OF GOD, OR CONSCIOUSNESS

We have been taught in our religious faiths that God sees all acts, yet we know that the sense mind does not see the invisible cause back of every effect. This means that we see less than half of what is to be seen. But we as an effect of God have the potential of seeing what God sees. The reason that we do not see as He does is because we do not understand life.

269 神の目、即ち意識

私達は宗教の教義の中で、神は全ての行為を見ておられると教えられて来ましたし、私達は感覚心はあらゆる結果の背後にある見えざる因を見ていないことを知っています。このことは、私達が見るべきものの半分も見ていないことを意味します。しかし、神のひとつの結果である私達は、神が見ていることを見る潜在力を有しています。私達が神が見ておられるように見ない理由は、私達が生命を理解していないからです。





【解説】

実際、本文で言う「神の目」で見るということは、従来の私達の目で見るという概念とは異なるものかも知れません。見える物の背景にある要因に気付く、或いは感じるようになるというのが正直なところかと思います。本文では神はacts(行動)を見ていると言っています。つまり、私達が日々、刻々どのような生活振りを送っているかをじっと見ているということであり、私達は常に神から見られていると思うべきです。

同様な意味を持つと思われるものに、チベット仏教の寺院の高楼に描かれている巨大な目の絵はこうした神が私達をいつも見守っていることを示すシンボルだとされています。

また、一方では人間の額に目を描く事例もありますが、これも本文で言う従来の肉体の2つの目の他に、意識と一体化した結果、見えるようになる人間の能力を象徴するものです。


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