ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第06課 段落234 [2008-02-27]

234 The happiness which man feels within his heart and for which he searches can never be realized until he blends his will with the will of consciousness. Any more than the drop of water, remaining by itself can know the vastness of the ocean. When man realizes this he will know his true identity for the first time. And will no longer live in the shadow of his reality, influenced by every wind that blows. And there will be rejoicing in heaven when the prodigal man returns to the househoId. But this will take a profound determination on the part of each human, with an unshakable faith. For he will have to give up his egotistical pride and face whatever is presented to him.

234 人が自分の胸の中で感じ、探し求めている幸福は、自分の意志を意識の意志に融合させない限り、決して実感することはありません。孤独であり続けた水の一滴が大洋の広大さを知ることと大差はありません。人がこのことを悟ったなら、その者は初めて真実の主体性を知るでしょう。そして吹きすさぶもろものの風に影響され、自身の真実の姿の陰に生きることはしなくなります。そして放蕩息子が家に戻った時には天国では祝賀があることでしょう。しかし、これには個々の人間の側に不動な信頼感を持った上での心からの決心を必要とします。何故なら、如何なるものが現れているかに関わらず自己中心的な自分のプライドとメンツを諦めなければならないからです。





【解説】

ここでは単純に意識に自我の心を委ねよと言っているのではありません。「意識の意志」に自己の意志を融合させよと言っています。逆に言えば、意識には意志があり、その意志の通りに行動せよと言うことです。各人各様に状況は異なり、その場その場で状態は変化するにも関わらず、創造主は常にあなたを見詰め、「こうして欲しい」、「こうありたい」という意志を持っているということです。

これはひっそり生きる野辺の花、一つに対しても同様な意識の思いがあるということです。こう考えるだけで、創造主の懐の広さ、深さを感じることができます。著者は大海を前にした一滴の水をエゴに例えていますが、その大きさの差、を自覚すれば、自我を捨てて意識に融合することの素晴らしさがわかります。意識に戻ることは、独自の意志を主張して家を出た放蕩息子が再び、両親の元に戻る訳で、両親は暖かく向かい入れてくれる筈です。


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