ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第02課 段落081 [2007-06-12]

081 F.D.R. expressed it well when he said, "there is nothing to fear but fear itself." For fear promotes fear. Our late President Kennedy made the statement, "Ask not what the Nation can do for you but what you can do for the Nation." I would say it this way ; it is not what God will do for you but what will you do for God? And God is the consciousness of our being. Or we could put it this way, it is not what the consciousness does for the mind, but what the mind can do for the consciousness.

081 F.D.R.(フランクリン・D・ルーズベルト、Franklin Delano Roosevelt)は「恐怖以外に恐怖すべきものは無い」と言ってそれを上手に表現しました。恐怖は恐怖を助長するからです。故ケネディ大統領はこう声明しました。「国家があなたに何を為せるかと問うのでなく、あなたが国家に何を為せるかを問え。」私ならこう言うでしょう。「神があなたに何をしてくれるのではなく、あなたが神に何をなすかである」。そして、神とは私達自身の意識なのです。そこでこういうようにも言えるでしょう。「意識が心に何をなすかではなく、心が意識に何をなすことができるかである」。





【解説】

前述のように恐怖はまた更なる恐怖を造り出します。薄暗い道を歩いていると、ちょっとした物音にも心は驚きます。とりわけ目は暗闇を恐れます。恐怖が恐怖を呼ぶエスカレート振りはその恐怖心を許しておくと容易に勢力を増し、心臓の鼓動を高め、身体に鳥肌を立てるほど高まることは誰でも経験することでしょう。しかし、私達の肉体の各器官は光の有無に関せず、休むこと無く一瞬一瞬を全力で所定の任務を果たしています。唯一、私達の感覚器官の一つである視覚だけが不安に思っているだけのこと。視覚がその不安を肉体全体が置かれている危機だと騒ぎ立てているのです。

ここで本文の「恐怖以外に恐怖すべきものは無い」という言葉と「神があなたに何をしてくれるのではなく、あなたが神に何をなすかである」との関係について整理しておきましょう。恐怖は次の瞬間に心の拠り所がどのような状況になるか確信が持てない不安から生じます。その背景には心はその理解不足から不安定な結果や結果の世界における他者に依存していることに遠因があります。これを反転させて、その結果を造り出す創造主側に奉仕する、言い換えれば創造主の道具になり切って、刻々の任務を果たすことに生き甲斐を見い出せば、未来に対する不安は軽減します。本文は「求める」側から「進んで奉仕する」側、「生み出す」側に転換することで失う恐怖は無くなることを示唆しているのです。


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