ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第03章 段落038 [2015-10-26]


038 Each form that with our mortal eyes we view is but a point of action in the whole - a minute bit of elemental substance moving to ever changing patterns and designs; impelled and impregnated with all-abiding consciousness. There is no tiniest unit in the Whole that does not bend an ear to the Law which Fathers it and causes it to be. And all that we perceive with mortal eyes and know with our consciousness is but the effective image of the Cause Intelligence, which formless is, yet causes forms to be; which knows no limitations and no bonds yet creates transient dense conditions that move and change within the bosom of incomprehensible Eternity.
038 私達が肉眼で見る個々の形あるものは、全体の中の一点の活動でしかありません。絶え間なく変化するjパターンとデザインに移行する基本的な物質の小さな小片であり、全てを永続させる意識によって促され、受胎されたものです。全体の中でそれを生み出し、そうなる原因を成す法則に耳を傾けないものは如何なる微細なもの一つとしてありません。私達が肉眼で見、そして私達の意識で知るもの全ては、形なきものであるが、形あるものを作り出す因なる英知の結果としてのイメージに過ぎません。その因なる英知には制限も制約も無く、しかも無限の永遠の胸の中で移行し変化する過渡的な密度状態を作り出しているのです。



【解説】
おそらく何十年と毎日の自分の姿を写真に撮っていれば、年月とともにご自身が変化して行くのが分かる筈です。植物も同様、季節の変化に応じて若葉を出したり、紅葉の葉を見せてくれます。このように変化するのが万物であり、私達の目はその変化の中の一瞬を見ているに過ぎません。
しかし、自身の姿の変化の例でも分かるように、これら外見は変化しても、その内側の自分自身は何ら変わることはありません。幼児期から今日まで同じ自分である訳です。更に言えば、これらの変化は内なる因の指令に基づいて生じている訳で、一刻一瞬ともにそれら生命の基本的法則に拠らない活動はありません。
私達は物質の世界、結果の世界では絶えず変化の過程にありますが、その内側、目には見えない実体の部分では常に変わらず、因との関係においては因の表現者としての役割は不変であり、未来永劫継続するということでしょう。


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