ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部 3章 段落066 [2014-04-21]

066 We can only know motion through the law of comparison, which is actually the law of contact, or the relationship between one phase of expression and another. When we touch an object with our fingers, we receive an impression of that object because of the pressure created through the contact of a lesser with a greater vibration. Likewise, we receive visual impressions or auditory impressions through the contact of light or sound vibrations with the retina of the eye or the ear drum. We are made aware of atmospheric conditions and temperature changes through the contact of atmospheric cells with the cells of our body. All of this proves that touch is merely the nerve reaction to contact.

066 私達は比較の法則を通じてのみ運動を知覚することが出来ますが、それは実際にはある表現の位相と他の位相との接触の法則、あるいは関連性であるのです。私達が指を用いてある対象物と触れる時、より低次な振動がより高次な振動と触れることによってもたらされる圧力が原因となってその対象物の印象を感受します。同様に私達は光あるいは音の振動と目の網膜や耳の鼓膜との接触を通じて視覚の印象や聴覚の印象を受け取るのです。私達は大気の小房と私達の肉体の細胞との接触を通じて大気の状態や温度の変化を知るようになります。これらの事柄全てが触感は接触に対する単なる神経反応であることを物語っているのです。

【解説】 既存の感覚器官を通じて外界を認知する時、その最初の段階は皆、接触の要素から成り立っていると本項は説いています。これは視覚における網膜細胞と光波動の接触、聴覚における鼓膜への音波の接触等がそれであり、気温や気圧の変化を含め、あらゆる状況はこれら触覚的要素によって最初に伝達される訳です。 そういう意味では触覚はその者の感受性を象徴するものと言え、鈍感や無神経、傍若無人と評されることはその者の基本的な感覚の劣化・老化を意味するものです。 この反対の例が昆虫達の生き方です。今の時期(春)、彼ら昆虫の生態を観察するとその鋭敏さが良く分かります。もちろん自然界には危険な敵も多い訳ですが、蝶は自分の足や吸管をすばやく動かし、その花に蜜が残っているかいないかを判断し、わずかでも残っている場合には、急いで吸い上げ、他の花に移動します。蜜を探す彼らの動きには鋭敏な足や触角が見事に活躍しているという訳です。 それにひきかえ私達はまだまだ基本的感覚であるフィーリングを活かしておりません。一見しただけで何が隠されているのか、分からず、現実世界の中に埋もれている数多くの宝物を発見できずにいるように思われます。

第1部 3章 段落065 [2014-04-18] <<  |  >> 第1部 3章 段落067 [2014-04-22]