ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第08課 段落320 [2013-05-23]

320 But to have this great reward we must remodel our present house and admit the Father of us all into it. Then we as His children obey Him. Knowing He is all knowledge - our consciousness through eternity. For nothing, not even this present house we call our body, or the many planets in the cosmic system, belong to the sense man. He may claim them for the time being through his ignorance and separation from his Father, yet all of these things can be taken away from him and man cannot prevent this from happening. This proves that man owns nothing. He only fools himself when he claims ownership, and satisfies his ego for the moment.

320 しかし、この大きな報酬を得るには、私達は現在の家を改装し、その中に私達全員の父が入るのを認めなければなりません。その後は私達は父の子供達として父に従うだけです。父が全ての知識であり、永遠を通じて私達の意識であることを知っているからです。何故なら、私達が何一つ、自分達の身体と呼ぶ現在の家ですら、また宇宙世界の多くの惑星であっても、感覚人に属するものはありません。感覚人はその無知と自らの父から分離している為に、つかの間、自分のものだと主張するかも知れませんが、これらの全てはその者から取り上げられ、人はこれが起るのを妨げることは出来ません。これのことは人は何一つ所有していないことを証明しています。彼は自分が所有権を主張する時、自分自身を騙し、つかの間自分のエゴを満足させているに過ぎないのです。





【解説】

私達の心、即ち感覚心(Sense Man)はいち早く、創造主である全能の父に自分を開放し、家の主人(あるじ)の座を明け渡す必要があることを、本項は説いています。言い換えれば、日々の行動の指針から刻々の態度の全てを従来の「私」でなく、「父」に委ねることが大事という訳です。

所詮、私達の自我の部分は、現状、自分の肉体から諸々の財産、知識に至るまで、自分の所有物を明瞭に自覚していますが、死を迎える状況においては、これら全てのものは自分のものとして保持することは出来ません。全ては私達に授けされたものであり、この世を去る時には元の世界に返却することになります。

しかし、がっかりする必要はないように思われます。「父」は絶えず、受け入れる者に無償、無尽蔵に必要なもの全てを注ぎ込んで呉れる訳で、唯一、父を受け入れることがその条件になるということでしょう。

先日、九十九里(千葉県)のホテルに宿泊した際、早朝、水平線を昇る朝日を見る機会がありました。朝4時半、薄雲の中、水平線から真っ赤な太陽が顔を出すと思うと、ぐんぐんと昇り始め、凪いだ海の真上にまん丸な姿を見せて呉れました。やがて、その太陽は海の上に黄金色に輝く一筋の光の道を示します。その後、太陽は高度を増し、いつものお日様に変わって行きました。

この時、私は日本の国旗、「日の丸」の太陽の赤色の由来が分かったように思いました。それは日の出の時の太陽をシンボル化したものであり、天照大神、その他太陽信仰の民を象徴しているように思った次第です。

さて少し、余談になってしまいましたが、その時、もう一つ感じたことがありました。それは日の出の時、それを拝む者全てに、太陽は輝く光を与え、自らに太陽の力を与えるように思ったこと、また、海の上に水平遙かに続く、光の道を示して呉れたことです。受け入れる者に力と道筋を授けるという具体的なシンボルが、毎朝のように自然が見せてくれているという訳です。


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