ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第07課 段落284 [2013-03-29]

284 At this point my feelings were mixed between mental curiosity and the cosmic purpose of the trip. So it was my duty as a mentalist to control myself and know that I meant nothing, but what I was about to learn meant everything. In other words I had to lend myself to my better self which was the conscious teacher, knowing that my personal toys would be there when I needed them.

284 この時点で私の印象は心の好奇心とその旅行の宇宙的目的との間に融合されました。そこでは心主義者として私の為すべきことは自分自身を制御し、私が示すものは何らの意味はなく、私がこれから学ぼうとすることが全てであることを知ることだったのです。言い換えれば、私は意識の教師であるより良い自分自身に自分を委ねなければならなかったのであり、それは必要になった時、私の個人的なおもちゃ(訳注:個人的な興味の対象物)は現れることを知っていたからです。





【解説】

自分自身との付き合い方は容易ではありません。与えられた折角の機会でも、単なる浮ついた好奇心に支配されて大事なものを失うことも多いものです。アダムスキー氏にとっても、類似した傾向を持ったことを本項で明かしている訳です。

その場合、舞い上がる心を諭して、より本質的な課題を目指すよう心を指導する意志があれば、後は意識がその後の支援をして呉れるというものです。この意識による支援を頼りに生きることが、重要なポイントということになります。

多くの場合、これらが自動的に行われるようになると、その成果も増すことから、益々意識への信頼も高まり、印象を重視した本来の生き方が実現することになります。


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