ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第06課 段落231 [2012-12-26]

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.

231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。





【解説】

私達は先ず、自らの「心」の限界について知ることが必要で、その自覚を踏まえて意識から来る印象に従った行動体になれるよう、一歩一歩の歩みを始めるということです。

もちろん、その辿る道は心にとっては未知の世界であり、試行錯誤は避けられません。しかし、少しずつでも足掛かりがつかめれば前進出来ることは山登りにも似ています。進むにつれて物事の全容も見えて来る筈です。

これまで私達は失敗を恐れ、結果物として目の前に残るものを唯一の頼りとして、また他人に裏切られないよう注意しながら生きて来ました。また他人から良い評価をされたい為に面子を重視して来ました。しかし、意識主体の生き方は、これらしがらみとは一切関わり無く、新たな幼児となって、意識から学ぶ姿勢をとる必要があるという訳です。


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