ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第03課 段落100 [2012-06-05]

100 As we observe the harmonious blend in nature, we do not find the same in man. The reason for this that man has a free will and he must learn how to apply the law of the Creator. Through which he will learn the right and wrong usage of it, if he is to become an instrument of full expression. And this is the purpose of his being. He must school his ego sense mind in coordinating all of the senses, as we explained in the previous lesson. This is comparable to a musician tuning the strings of his violin that each may blend with the other, if a harmonious melody is to manifest.

100 私達が自然の中で調和した融合を見る一方で、人間にはそれと同じ(調和)を見ることはありません。この理由は人には自由意志があり、人は創造主の法則を如何にして応用するかを学ばなければならないからです。人は完璧な表現ができる一つの楽器になる為にはその過程を通じて正しいあるいは誤った応用例を学ぶことになるのです。そしてこれこそが、人の存在の理由なのです。前課で述べましたように、人は自分のエゴの感覚心を全ての感覚と調和するよう鍛練しなければなりません。これは調和あるメロディーが現出する為には、音楽家が自分のバイオリンの各弦を各々が他と融合するように調律するのと同様です。





【解説】

私達が自然の中に調和した美しさを見るのは、そこに本来の目指すべき姿が見えるからに他なりません。写真や絵画において自然風景や動植物を描く事例が多いのは、その光景の中に私達人間の向かうべき生き方の手本があると感じるからです。

このように美しさを示す自然であり、またその構成員も各自は各々の仕事で精一杯なのですが、その結果として殺伐荒涼とした環境にはならず、調和した美しさを表現するところが創造主の指導たる所以です。

つまりは人間を除く自然の各構成員達は、自分の意志より、創造主の意図を上位に置いており、印象に即応して暮らしているものと思われます。

その反面、人間は未だ心の取扱い方を十分学んでいない為、問題を多く引き起こして来たという訳です。自然の許容力を超えた汚染物の排出等は、本来、他の構成員からは許しがたい暴挙な訳ですが、これまで人間は勝手に、自分達の利益の為にはどのようなことも行って来たということでしょう。

私達は各々、目標とすべきは自分自身の心の動きであり、それらをより良い方向に調律、訓練する責任があります。私達は創造主の道具にならなければなりませんが、その道具(instrument,楽器)は使われる前に、しっかり調律しておく必要があるという訳です。


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