ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第10章 段落116 [2011-06-09]

116 Do we worry that the rivers will start flowing up hill, or drop a weight and hold our breath that it might rise again, or throw a ball into the air and doubt that it will return to earth? No, for again we know the principle governing such action.

116 私達は川が丘を遡って流れるかも知れないとかを心配し、或いは重りを落として再び昇って来るかも知れない、或いは空中にボールを投げて再び地面に戻って来ないかと息を凝らすことがあるでしょうか。いいえ、ありません。何故なら、この場合もやはり私達はこのような行動を支配している原理を知っているからです。





【解説】

私達の身の回りには私達が考える以上に、従来から当たり前に見ていた物事が数多く存在します。これらの現象に対して、私達はそれらの現象が何時変化するかも知れないと不安視することはほとんど有りません。

しかし、これら全てを法則の手に委ね、一切を当たり前のように見ていることは、必ずしもあるべき姿ではないように思います。多少、本項の主旨からは外れますが、やはり自然環境の中に息づく法則性、即ち平等に作用し、ブレの無い働きへの畏敬とその奥にある原理の探求こそ、私達人間の役割だと思うからです。

これらの現象に対して日常的に私達が安心して居られるのは、未熟な私達に対する創造主の贈り物なのかも知れません。さもなければ、他の諸々の心配事と相まって、私達は恐怖だけの生活を送ることとなり、すぐにも滅んでしまうと思うからです。


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