ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部 2章 段落058 [2009-07-01]

058 Pursuing this train of thought, I made a vital discovery. If one asks an expectant mother whether she can foretell when the little form within her is about to turn, she will answer, "No " She cannot direct the movement of the baby, and the knowledge it has turned comes to her as an alertness, or feeling, after the action has taken place. Therefore, it is the intelligent force which transmits the information to the mother through her sense we call feeling.

058 この一連の思考を追って行く中で私はきわめて重要な発見をしました。もし人が妊婦に彼女の体内の小さな胎児が何時向きを変えるか予告することが出来るかを聞いても、妊婦は「いいえ」と答えるだろうと言うことです。彼女は赤ちゃんの動きを指図することは出来ませんし、胎児が向きを変えたとする知見は一つの警戒、或いは感じとして、その行動が起ってから彼女にやって来るのです。従って母親に私達がフィーリングと呼ぶ彼女の感覚を通じて情報を伝えるのはその英知ある力と言うことになります。





【解説】

自分の身体の中で起っている変化について、心は容易には知覚出来ません。実際には人体を維持するため、大規模かつ活発な諸活動が日夜続けられていることに対し、私達の心はあまりにも鈍感だということです。ましてガン細胞の増殖等、身体の存続にとって由々しい事態になった時、身体は一斉にそれへの対抗措置を図るものと思われます。本来なら、最も近い自身の体内から発せられる自身の生命にかかわる情報に対して私達はもっと鋭敏になっておく必要があります。

実は各細胞は宇宙英知の指導を受けて行動するほかに体内の維持の為、必要な情報をやり取りしているものと思われますが、その際には互いに印象という言語を用いているものと思われます。そうなれば身体には約60兆もの細胞から様々な情報が飛び交っていることにより、大変にぎやかな状況ということになります。それら活発な生命活動の中にあって、身体の主人(あるじ)である心だけが結果の世界の音響が聞こえず、目に見える変化が未だ現れていないという理由だけで独り宇宙の活動から乖離した心境に留まっているのです。


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