ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第07課 段落278 [2008-05-12]

278 Your acts should be, regardless of the type of form, as definite as when you are dealing with man. And no doubt should be present in your feeling or act. Feeling in the form of revelations should be definite for feeling is a conscious state of alertness.

278 その際の貴方の行動は、対象の形有るものの類型に関わらず、貴方が他の人間に対する時と同様に明確なものである必要があります。そして如何なる疑いも貴方の印象感覚や行動に在ってはいけません。印象感覚は意識的な警戒状態であるが故に啓示における印象感覚は明確なものでなければならないのです。





【解説】

森羅万象あらゆる物に神性が宿り、それを敬い大切にして来たのは、他でもない太古の日本人でした。古い本ですが、「日本文化史序説」西田直二郎著、改造社 昭和7年の「第四講 古代文化の概観その一 神人融合」につぎの記載があります。

「....『草木咸能言語(ソウモクコトゴトクヨクモノイヒ)』。また天地割判(ワカル)の代、草木言語(モノカタリ)せし時ありとしたのは、古代の日本人が、わが住む世界について考えたこころである。われらの祖先はその四周の山川草木のことごとくから、よく生ける声を聞いたのである。このこころのうちには自然の事象と人間の生命との区分がなお明らかについていない。而してこれはまた神と人との境がいまだに大きく分けられていない状態であった。かかるこころの裡には神はつねに人とともにある。日本古代文化を考えて国家の組織を精神展開の事実として観るとき国家は人の住む国ながら、神の成せる御国であった。....以下略」。また世界の中ではまだ、原始的な暮らしをしている人々の間に自然崇拝の宗教(アミニズム)も、その本源には本書と共通するものがあると言えるでしょう。

しかし、ここで再び、これら古代の信仰に戻るべきと言っているのではありません。全く逆で、科学的な基礎に立った上で、現代の宇宙時代において各自のインスピレーションに対する感受力を拡大する必要があると本書は言っているのです。

その場合、各自の内面を拡大するには、その本人がその体験を経ねばならず、他人が自分の体験を述べても本人にその気が無ければ前に進みようはないのです。本文では印象を感じるということは意識的な警戒状態だと言っています。その状況を維持し、心を常に解放、拡大し、心の感知範囲を広げていることが、意識との交流を促進することでしょう。

また、相手が誰であり、植物でも動物であっても、こちらの気持は相手にも伝わっています。問題は相手からの印象を如何にキャッチするかですが、その秘訣を本文では全く他の人間に対するのと同じように扱うとしています。丁度、幼児が片言の言葉で身の回りのものに話し掛けるのと同様です。イエスが言った「幼子のようにならなければ」という意味も、こうしたポイントを教えていたのかも知れません。


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